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【わかりやすい】政治哲学の基本は「4つ」その違いとは?

【わかりやすい】政治哲学の基本は「4つ」

              その違いとは?
 現代の政治哲学は主に4つの基本的な考え方に分かれています。
コミュニタリアニズムです。今回、それぞれの違いをわかりやすく簡単な言葉を使ってまとめました。
 
 各哲学を学ぶことで自分がどの考え方に近いかを知り、
考えることで政治への関心や哲学に興味を持ってもらえたら嬉しいです。
 
 さて、現代の政治哲学の4つの違いのポイントを最初にお伝えしちゃいます。ポイントは幸福と権利です。幸福と権利をどう捉えるかどう考えるかが現代政治哲学の4つの大きな違いです。
まずは、分かりやすい功利主義から始めましょう。
 

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1.功利主義とは?

 功利主義とは、イギリスの哲学者ベンサムが唱えた考え方です。功利主義とは、幸福を量で換算し、その絶対量が増えることが幸福の獲得だという考え方です。ビジネス的発想と同じだと考えると功利主義は分かりやすいです。ビジネスでは、お金を尺度に価値を決定します。それと同じように、功利主義も、個人の喜びを増やして、悲しみを減らすことで幸せを価値化して考えてきました。ちょうど、日本や先進国がGDPで幸福度をランキングするのと同じことです。
 数値化した量で客観的に増加があれば幸福で、減少であれば不幸という考え方です。もちろん、幸せとは経済的な豊かさや客観的数値ではないというご意見も多数存在します。ここでは功利主義とはどういう哲学かを理解することに重きをおいて次に進みましょう。
 

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2.リベラリズム 3.リバタリアニズム

 「幸福」だけでなく個人の「権利」も含めて考える哲学が、リベラリズムリバタリアニズムです。両者は同じ「権利」と言っても中心に何を置くかが異なります。
 まず、リベラリズムでは、通常の基本的人権として考えられる結社の自由、言論の自由といった政治的自由を尊重します。さらに、福祉の権利も重視し、国民の税金を増やして社会保障を厚くし、大きな政府をよしとしています。
 一方、リバタリアニズムは、自由をさらに拡大して考えています。経済の領域における自由をより重視しています。つまり、リバタリアニズムにおいては、国家が税を徴収するのではなく、納税するのではなく、民間に任せよという考え方です。所有権を強く重視します。自分の資産や成果は自分のものと考え、規制撤廃や民間主体という考えです。
 したがって、小さな政府を目指し、社会保障のためという大義名分があろうが、消費税、累進課税、贈与税など国が強制的に徴収することに反対します。いわば勝者の考えで貧富の差は広がっても勝ったものが偉いという弱肉強食の自然界のあり方に一致します。功利主義のようにビジネスマンの方に多くみられる哲学です。
 

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 4.コミュニタリアニズムとは?

 さて、最後のコミュニタリアニズムですが、これは非常に哲学的で面白いです。コミュニタリアニズムも権利を重視していますが、中心に倫理や道徳を置くという考えです。先ほど述べたリベラリズムリバタリアニズムはあくまでも人権というように個人を中心に考えます。しかし、コミュニタリアニズムは個人の権利を尊重した上で、人々が共にあることに注目し、共に考え、共に行動する共通性を重要視しています。
 一言で言えば、コミュニティにとって何が善かを考える哲学です。
 この話をするとかつての共産主義ファシズムを思い出し、誤解してしまいます。全く異なります。まず、共産主義は、財産を全て個人ではなく国にひとまとめにし、個人の権利を否定した考え方です。また、全体主義は、物事を国が判断し、個人はそれに絶対従うという共産主義同様に、個人の権利を否定した考えです。
 しかし、コミュニタリアニズムはまず第一に個人の権利を肯定しています。その上で、さらに、共に生きる人々にとって何が善か、善い生き方とは何かを考え、実行することが政治だという考えです。これを「善き生」(よくいき)といい、人間共通の善に着目し、政治の目的を何がコミュニティにとって善いことかを考え、実行する政治「共通善」とする哲学です。古代、アリストテレスの時代から続く徳・人間性を重視した哲学です。

 そねたく思考コミュニタリアニズム寄り

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 私はコミュニタリアニズムに近いと思います。私たちにとって共通の善はあります。しかし、偽善やなんだとか反対する人もいます。だから、倫理や道徳でものをいうのは難しいです。どう理屈でいっても心、人間性によるものなので主観的になってしまいます。たとえ法律になっていなくても、困っている人がいたら助けるのが善だし、人を傷つけるようなことは言ってはいけない。そう思います。
 しかし、政治的に思想的に「みなさんそうですよね」と強制することはできません。強制や「べき論」では間違った方向に進んでいきます。現状、コミュニタリアニズムを導入するのであれば、小さなグループをいくつか横断的に共感する人たちで勝手にやってくれというのが現実的解でしょう。同じ考えを持つ人同士がコミュニティを作り、善を重きに政治を行ってみて、共感を得られるか否か実験してみて改善してみてを繰り返すという感じでしょう。そうでないと、共産主義ファシズムという誤解を乗り越えることはできません。なかなか浸透するのには時間がかかりそうですね。
 しかし、だからと言って、焦りから手っ取り早い方法をとっても上手くいきません。間違っても道徳なんてクソ喰らえという人と戦ってはいけません。理解ある人に目を向け、その人に話を聞いてもらいましょう。その人の話も聞きましょう。その人と共に、倫理ある日本人の輪を広げていきましょう。
 倫理・道徳はストレス社会で大変な今の日本だからこそ、問われている課題です。私たちにとっての善とは何か?私のとっての善とは何か?これからも共に考えていきましょう。
 

最後に現代の4つの政治哲学をまとめ

:幸福を客観的な量で換算して多ければ幸せ、少なければ不幸とする考え。経済やビジネスと同じ。GDPや前年同期比など。
:幸福だけでなく個人の権利を重視する考え。政治や言論の自由を重視する。リバタリアニズムとの違いは、福祉の権利。社会保障を肯定し、弱者救済をよしとし大きな政府を目指している。
リベラリズムと同じで幸福だけでなく個人の権利を重視する考え。違いは、福祉の否定。個人の所有権を重視している。小さな政府を目指し、民間に委ねること、規制撤廃を主張する。
:個人の権利を肯定した上で、共に生きるコミュニティにとっての善とは何かを考え、実行することを政治の目的とする考え方。善い生き方とは何か、自分だけでなく周囲にとっても善になることをやろうという政治目的を持つ。