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哲学者セネカ流奥義「いつかやろうはバカやろう」な哲学

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哲学者セネカ流奥義
「いつかやろうはバカやろう」哲学 

 知らない人が大半ですが、実は、セネカ

かの有名な

古代ローマ帝国第5代ローマ皇帝

ネロの幼少期に家庭教師を務め、治世初期はブレーンとして

国政に携わっていた人物です。セネカは著書『生の短さについて』の中で、

生は消費すれば短いが、活用すれば長いと説いています。

忙しい私たちにとって疎かにしてしまう、自分の生とは何か、

疎かにしてしまうとどんな悲惨な結果になるか

皆さんにシェアしたいと思います。

 

老後になったら」と「いつかいつか」と

言っている人に対してセネカ

著書の中ではシニカルに批判していますが、

本当は生きることを強く肯定したい気持ちがあります。

心に響く名言を交えて生きることを

強く肯定しているという視点から考察していきます。

 

老人への問いかけこそ現代の私たちへの諫言

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 “生を終えねばならない時に至って生を始めようとは、

                  何と遅まきのこと

 

これは将来、隠居してゆっくりしたいという人に言った言葉です。

胸をすく言葉です。続けてこう述べています。

 多くの人間がこう語るのを耳にするであろう、

「50歳になったあとは閑居し、60歳になったら

公の務めに別れを告げるつもりだ」と。だが、

いったい、その年齢より長生きすることを

請け合ってくれるいかなる保証を得たというのであろう。

  たしかに、人間いつ死ぬか分かりません。

しかも歳をとって若い時ほどエネルギーに乏しく

活力がないかもしれません。

歴史は繰り返されるという言葉のように

人間は古代から本質では変わっていないことが伺えます。


 老人の集まりがあれば、私はこう言ってやりたい、

「あなたは人間の寿命の究極の年齢にまで達し、

百歳、あるいは、それ以上の年齢も

もう間近のご様子。

決算のために、さあ、あなたの生涯を

振り返ってみられるとよい。

 計算するとどうだろう、

あなたのその生涯のどれだけの時間が

債権者に奪われ、どれだけの時間が愛人に奪われ、

どれだけの時間が庇護者や庇護民に奪われ、

どれだけの時間が細君との言い争いや

奴隷の懲戒や都中を駆けずりまわる役務に奪われたか。

 自業自得の病もこれに加え、

活用されることなく無駄に過ごした時間も

これに加えてみられるとよい。

あなたの手許に残った年数が

あなたの計算よりも少ないことが

お分かりになるはずだ。

  ご老人に説教するなんて勇気がいりますね。

しかし、セネカが生を肯定したい気持ちが

よく表れていると思います。

よっぽど自分の主張に自信がないと

言えたもんじゃありません。「なるほどそうか」と

頷ける主張です。一理あると感じざるを得ません。

もちろん実際、老人に向かって言いたいのが

本意ではなく、まだ老年に達していない私たちに

気づいてほしくて言っていると推察します。

今の自分は生きること、時間を大切に使っているか

考えさせられます。

ではなぜ、私たちは生きること、

時間を無駄にしてしまうのでしょうか?

この点を次に考察していきましょう。


いつかにしてしまう原因は無形だから

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 記憶をたどり、思い出してみられるとよい、

いつあなたがしっかりした計画を

もったことがあったか、1日があなたの意図した通りに

進捗した日が何日あったか、

いつあなたがあなた自身を自由に

使うことができたか、いつあなたの顔つきが

普段通り落ち着きを保っていたか、

いつあなたの心に怯えがなかったか、

これほど長い生涯にあなたがなした働きとは

何であったか、あなたが何を失っているか

気づかない間に、どれほど多くの人間が

あなたの生を奪い取っていったか、

あなたの生のどれほど多くの時間を

詮ない悲しみや愚かな喜び、貪欲な欲望や

人との媚びへつらいの交わりが奪い去ったか、

あなたがその生の中からどれほど

わずかな時間しか自分のために残しておかなかったか。

  刺さります。痛いところを突いてきます。

まさに自分のことだと思ってしまうのは

私だけではないでしょう。もちろん、

全てとはいかないですが、セネカが今言ったことを

意識し、減らせることは減らして

増やせるところは増やしていく気持ちが肝要です。

それぞれ人によって、どこが当てはまるのか、

どこが現実取り入れられるかは違うと思います。

が、このことを知っておくこと、それを困った時に

振り返ることで意識が行動に変化していきます。

さらに続けて、時間と生を無駄にしてしまう原因を列挙しています。

見ていきましょう。

 私は、常々、人に時間を貸せと求める者がおり、

求められる方もいとも簡単に

貸し与えてやる者がいるのを見て、

驚きの念を禁じえない。時間が求められた目的は、

どちらの眼中にもある。だが、時間そのものは、

どちらの眼中にもない。

まるで求められたものは無であり、

与えられたものも無であるかのようである。

時間という何より貴重なものを弄んでいるのだ。

彼らがそうした考え違いをするのも、

時間というものが無形のものであり、

目に見えないものであり、

そのために、最も安価なもの、

いや、それどころかほとんど

無価値なものとさえみなされているからにほかならない。 

  時間は最も貴重なものだけど、それが目に見えないために

私たちの意識には昇らないので、一見、無価値に

思えてしまうと言っています。その結果が

つもりつもって先に見た老人への諌言へとつながり、

生を時間を無駄にし続けることになります。


まとめのそねたく思考

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私はこう考えます。

最近、常々、時間とお金、そして能力を持つことを

意識するようにしています。

お金を持っているお金持ち"

時間を持っている時間持ち"

能力の高い"スキル持ち"

生を活用するためには、

おそらく、お金と時間を持っているだけでは足らず、

ここに能力が足されたら強いんじゃないかと。

働き方が注目され始めて久しい今、

時間をふんだんに持っているだけでなく

スキルを使ってお金を稼いだりすることが外せない要素です。

私自身、自分で料理ができたり、野菜を育てたりと

様々な個の力を身につけようと画策しています。

お金だけじゃないし、時間だけでない。

ここが今どきに合致した生の活用の仕方かと思います。

今を一生懸命になった人にだけ

明日が来るという言葉もどっかで聞きましたが、

ここ最近、言葉の深みが増した気がします。

もちろん、今回、学べた大きな成果は時間は

貴重だと改めて思えたかどうかだと思います。

いつかやろうはバカやろう、自分への激励でした。

ありがとね〜

 参照 『生の短さについて』他二篇 セネカ著 大西英文訳 岩波文庫

生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

 

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