そねたくのThink Hack

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本当にやりたいことは興味を寄せることから始まる

本当にやりたいことは興味を寄せることから始まる

 やりたいことってなかなか見つかりませんよね。一方で、やりたくないことは増えていく。せっかく新しい趣味を始めても3日坊主になってしまう。そこで今回は、幸せの哲学者ラッセルを題材に本当にやりたいこととはどういったものかそれはどうやって見つけることができるのかをご紹介します。哲学者ラッセルはやりたいことを本物の興味といっていますが、そのまま変換せずにお読みいただいた方が理解しやすいです。

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まず不幸のメカニズム、そして本物の興味の獲得

 まずは、どうなってしまうと不幸になるか、そのメカニズムを紹介します。その後、どうやって本物の興味を獲得していくのかその方法をお伝えします。

 自分の殻にとじこもってしまうために不幸な人は、いったい、どうすればいいのか。彼は、自分の不幸の原因を考え続けているかぎり、依然として自己中心的であり、ために、この悪循環からのがれることはできない。

 悪循環からのがれたいのであれば、単に治療法としてとりあげられ、むりにかき立てたような興味ではなく、本物の興味によるほかない。

 つまり、外への関心を向けず、自分にばかり矢印を向けていても不幸は解決しない。それよりも、ますます不幸になっていくと言っています。しかし、だからと言って、無理して外への興味を持っても変わらないとも言っていま

 解説を加えますと、付け焼き刃のでまかせの興味ではダメ。ポジティブに「楽しそう、やりたい」と思うことを徐々にやっていくことが自己中心的な考え、不幸への悪循環を断ち切る方法だということです。

 しかし、これは難しいです。

それはラッセルも重々承知で、このように述べています。

 これは本当に難しいことだが、にもかかわらず、自分の病気を正しく診断したならば、彼にできることはたくさんある。

 たとえば、彼の病気が意識的あるいは無意識的な罪の意識によるものであれば、まず、意識的な心に、自分には罪ぶかい人間だと考えるべき理由はみじんもないということを納得させるとよい。 

 正しく診断とありますが、不幸の原因を突き止めようとすることではありません。自分を許すこと。それをまずは、意識的にやることが大切だと言っています。ただし、これは滅入ってしまうので自分を許そうと意識するように心がけるに留めて、むしろそこをすっ飛ばしてでも本物の興味を獲得しようと外に向けた方がいいと思います。その点についても続けて、本物の興味に至るまでへのいい提案をしてくれています。

 その間は、多少とも中立的な活動に携わることだ。

 彼がもし罪の意識を首尾よくかなぐり捨てられたならば、おそらくは、本物の客観的な興味がおのずとわき上がってくるだろう。

 まさにこれという興味はなくても中立的な活動をやるのがいいと言っています。ここでいう中立的な活動は、自己中心的な興味を減らすようなこと、または勇気を生む活動、運動がいいです。特に、減らすべきことは、恐怖、妬み、自己憐憫自画自賛の4つです。これらはとても強いネガティブな内的関心なので、減らすような活動、行動を増やすといいでしょう。

 その時、自分のためでなく、外への好意的な関心を念頭に置くことを意識しておきましょう。中立的な活動においてもやはり気持ちに嘘をつかず「楽しそうだな、好きかも、いいな」と思うことをやってみることが大切です。無理して自分の最も大きな興味を見つけようとすることもなく、自分の利益を度外視し、好意的な興味を意識するといった自己改革をしていきましょう。そういった繰り返しによっていずれ本物の興味が生まれます。

 

やりたいことを手放してしまう最悪のパターン

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 一方で本物の興味へ至らない最悪なパターンがあります。

 前もって、「切手収集に夢中になれたら、幸福になれるんだがなあ」と自分に言い聞かせ、ただちに切手収集にとりかかるようなまねをしてはならない。

 なぜなら、切手収集なんかてんでつまらない、と思うことだって十分ありうるからだ。本当にあなたの興味をかき立てるもののみが、あなたの役に立つのである。

 やってしまいがちなパターンです。端から的を一つに絞ってはいけません。それが嫌になることもあるからです。また、自分の頭の中の小さな願望から始めてしまうと現実を前にしてこのパターンに陥ることがよくあります。ですから、決め打ちで始めるのではなく、少しずつ色んなことを始めて活動を通して得ていくことがよろしい。無理するのは危険です。

 「つまんねえ」とかあまり思わず、失敗も含めて楽しめるものが本物の興味といえるでしょう。この点について、ラッセルは最後、励ましの言葉が加えられています。

しかし、あなたが自己に没頭することをやめたならば、たちまち、本物の客観的な興味が芽生えてくる、とまず確信してよい。

 確信できるってなると励まされますね。条件付きですが時間はかかるけど、いずれ見つかると言ってくれています。

 

まとめ・そねたく思考

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 まとめとしてこちらをご覧ください。道徳家を私たち日本人に置き換えるとなるほどそうだなと感じるところが多いです。

 幸福な人生は、不思議なまでに、よい人生と同じである。職業的な道徳家は、従来、自己否定を重んじすぎてきた。そして、重んじすぎることによって、強調の置きどころを間違えてきた。

 意識的な自己否定は、人を自己に没頭させ、自分が犠牲にしたものをまざまざと意識させる。その結果、自己否定は、往々その当面の目的を達しえないばかりか、必ずといっていいほど究極の目的も達しえない。

 必要なのは、自己否定ではなく、興味を外へと向けることである。

  反省や失敗から学ぶということは結局はゴールへ達しえず、むしろ自分を蔑むことになります。しかし、だからと言って自分勝手に振る舞えばいいというのではなく、外に向かって関心を持とうと言っています。自分以外の外にある世界、人、モノ、コトは沢山あります。その中で自分が「いいな」と好意的に思うことを選択し、数多く実際の活動をやっていきましょう。いずれ本物の興味に出会えることを密かに密かに期待して。

 ラッセル的には期待しちゃダメなんですが、

 まだまだ私は29歳、若輩者ですので、ご勘弁を(笑)

 

ラッセル幸福論 (岩波文庫)

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