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役立つ哲学!2000年語り継がれてきた「時間の大切さ」〜『生の短さについて』〜

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役立つ哲学!2000年語り継がれてきた

「時間の大切さ」『生の短さについて』〜


  "我々の受ける生が短いのではなく、我々自身が生を短くする” 

                   セネカ(前4頃〜後65)

 

 これはセネカという哲学者の言葉です。セネカは、かの有名な古代ローマ帝国第5代ローマ皇帝ネロの幼少期に家庭教師を務め、治世初期はブレーンとして国政に携わっていた人物です。セネカは著書『生の短さについて』の中でで、生は消費すれば短いが、活用すれば長いと説いています。現代の忙しさ、時間との向き合い方にも役立つ内容なので皆さんにシェアしたいと思います。

 さっそく本題に移ります。時間を消費する人って?生を生きる人って?を題材に仕事に役立つ哲学「時間の大切さ」をお伝えします。


時間を消費する人から学ぶ

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ある者は飽くなき貪欲の虜となり、ある者はあくせく精出すむだな労役に呪縛され、ある者は酒に浸り、ある者は怠惰に惚ける。また、常に他人の判断に生殺与奪の権を握られている公職への野心で疲労困憊する者もいれば、交易で儲けをという希望を抱いて闇雲な利欲に導かれ、ありとあらゆる土地をめぐり、ありとあらゆる海を渡る者もいる。絶えず他人の危害を企図するか、己の危険を危惧するかしながら、戦への野望に身を苛む者もいれば、自発的に奉仕しながら、感謝もされない目上の者への伺候で身をすり減らす者もいる。

 また、多くの者は、他人の幸運へのやっかみか、己の不運への嘆きで生を終始する。移り気で、あてどなくさまよい、自己への不満をくすぶる浮薄さに弄ばれ、これと決まった目的もないまま、何かを追い求めて次から次へと新たな計画を立てる者も多く、また、ある者は、進むべき道を決める確かな方針も持たず、懶惰に萎え、欠伸をしているうちに運命の不意打ちを食らう。


 思わず自分のことだとドキッとしてしまいます。このどれかに当てはまれば、セネカがいう時間を消費してしまっています。私だけでなく「たしかにそういう部分あるな」と多くの方が感じたのではないでしょうか。セネカは自論としてこれらの人を否定していますが、私たちは、悲観したり否定するのではなく、ここから学ぶことが一番大切です。


 私は、

   自分に当てはまる部分はこれからは注意し、

   そこをできる限り意識して、時間を消費しないように心がけよう。

 こう学びました。

 

 さらに、セネカは時間を消費する人を例にあげています。

 特に、自分の支持者の一文は心に刺さります。


富が重荷となっている者の何と多いことであろう。その雄弁で、また、才知を顕示しようとするその日々の営みで血を吐く思いをしている者の何と多いことか。間断のない淫欲で青白い顔をしている者の何と多いことか。おびただしく周りを取り巻く庇護民の群れで何の自由も残されていない者の何と多いことだろう。要するに、最下層から最上層に至るまで、その種の人間を残らず見渡してみればいい。

 法律の助言を与える者、要請に応じて出席した者もいれば、告発を受けている者、その弁護をする者、それを裁く者がいる。だが、誰一人として、自らのために自らの自由に関する権利を主張する者がいない。誰もが他人の誰かのために自らを費消している。すなわち、AはBを大事にするBの支持者で、BはCを大事にするCの支持者である。自分を大事にする自分の支持者は一人もいない。


 このように述べています。これも全てではないですが、現代の私たちにも当てはまる部分がありますね。この点は私はこう解釈します。


 誰かのために努力することは美徳ですが、そこに自分がいない、自分を支持しないのであれば、生を消費している。だから、何かをする時に自分自身を置き去りにしてはいけない。こう解釈します。特に、仕事をする上で自分の賃金のためであったりスキルアップ、「好きな商品を届けたい」などそれぞれに適った考え方で自分を大事にするという意識が芽生えると仕事を前向きに捉え直すことができそうです。


セネカ流 生を生きる人とは?

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 では、一体、時間を消費していない人とはどんな人とセネカは言ってるでしょうか。セネカはこう述べています。

どれほど短ろうと、自由になる時間を自分のために使うからこそ、彼らの生は誰の生よりも長いのである。

 つまり、できる限り時間を自分のために使おうということです。さらに、セネカは生を生きる人についてこう述べています。


誰もが現在ある倦怠感を覚えて生を先へ先へと急がせ、未来への憧れにあくせくするのである。だが、時間を残らず自分の用のためにだけ使い、1日1日を、あたかもそれが最後の日ででもあるかのようにして管理する者は、明日を待ち望むこともなく、明日を恐れることもない。実際、いつか将来のひとときがもたらしてくれるかもしれない楽しみとは、いったい何なのか。未来のことは、望むがまま、時の運に決めさせてやればよい。


 つまり、ここでは今日1日を、いまを大切にしようと言っています。明日のためではなく、今日を自分のために使うことをセネカは大切にしようよ!と言っています。これは現代のやりたいことを仕事にしようという自己実現と考えは一致しています。2000年前の哲学書に既に書いてあったとなると私たち人間の一つの本質をついているといえるのかもしれません。


そねたく思考 Oか100ではなくバランス

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 古代哲学者セネカは時間を大切にしていました。極論を言ってしまえば、彼は自分のためにならない時間は無駄だと言っています。ただし、私たちはそれを鵜呑みにしないでおきましょう。

 2017年現在の私たちがここから学べることは、時間を自分のために使うのか、人のためか、他の何かのために使うのか時間の使い方には用途がある。すべてを投げ出して今の自分を放棄してしまうのではなく、これからは自分のための時間を使うことを意識する。人のための時間を過ごす時は、自分のためになっていることは何かと考えてみる。このことを通してセネカのいう生を生きる時間が増やすことを目指すというのはいかがでしょうか。

 

 私はこう考えます。0か100ではなくバランスを取ること。その指針となるのが、今、この時間は自分のために時間を使っているかどうかを考えることです。

 

まとめ・役立つ哲学「時間の大切さ」

 いかがでしたか。2000年も前から時間の大切さは語られてきたなんて深いですね。今回は、セネカの『生の短さについて』を引用して時間の大切さをご紹介しました。哲学はそれぞれの考えや体験によって解釈をしていい学問です。みなさんの今日にお役に立てたら本望です。またのお越しを。あしからず。   

    参照 『生の短さについて』他二篇 セネカ著 大西英文訳 岩波文庫

生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

 

 

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